コクリコ坂から (From Up On Poppy Hill)

kokurikozaka
アニメーション映画『コクリコ坂から』は、1980年に少女漫画雑誌『なかよし』(講談社)にて連載された同名漫画を『ゲド戦記』の宮崎吾朗監督が映画化した作品です。企画・脚本を父親の宮崎駿さんが務めています。
先日、劇場に観に行きました。
●導入部のあらすじと感想
1963年、横浜。横浜港を見下ろす丘の上にある古い屋敷・コクリコ荘では、大学教授の母に代わってその下宿屋を切り盛りする高校2年生の松崎海(声:長澤まさみさん)が、毎朝信号旗をあげていた。旗の意味は「U・W」旗=「安全な航行を祈る」であるが、海にとっては亡き父にまつわる特別な思いがあった。タグボートで通学している高校3年生の風間俊(声:岡田准一さん)は、船の上からその旗をいつも見て返礼の旗をあげていた。しかし、海のいる旗をあげる場所ではその返礼の旗は見えず、海は気付いていなかった。
東京オリンピックを翌年に控え、人々には古いものは壊して新しいものを作るのが素晴らしいという風潮が拡がっていた。そんな中、海たちが通う高校ではある論争が起きていた。それは、明治時代に建てられた古い文化部部室の建物、通称カルチェラタンを取り壊すべきか保存すべきかという論争だった。そんな騒動が起きている中、海と俊は出会う。俊は新聞部部長で、カルチェラタンを守る側の立場で盛り上げていた。海はその建物の良さを知ってもらえば取り壊されずに済むと考え、大掃除を提案するのだった…。

まず印象的だったのが海や俊たちの“まっすぐさ”です。新しい時代の幕開けであり、何かが失われようとしている時代でもある激動の時期。人々は希望に満ちあふれ、とても前向きで、自分の気持ちに素直に、そして一生懸命に生きていたようです。海と俊はいつしか惹かれ合い想いを寄せるようになりますが、戦争がもたらしたともいえる出生の秘密の問題に直面します。でも2人はまっすぐに進み、真実を知ろうと自分の足で確かめに行きます。ネットで調べて物事をすべて知った気になる現代人とは違います。自分の目や耳で直接確かめ、何をすべきかを考え行動していくのです。それはカルチェラタンを巡る問題でも同じです。やる前から無理だとあきらめることなく、どんどん行動を起こしていくのです。
ノスタルジックな雰囲気も印象的でした。舞台となる1963年には私は生まれてもいないので当時の雰囲気は知らないのですが、逆にそのおかげで古臭さを感じることなく、少し昔のノスタルジーの世界としてすんなり受け入れることができたのかもしれません。もちろん、当時を知っている人であれば、懐かしいものとして真に迫るものがあるのかもしれません。ただいずれにせよ、描いていることは“愛”や“青春”といった普遍的な物語なので、よほど鈍感でない限り、誰しも何かしら心に響くものがあるでしょう。
歌と音楽も印象的でした。主題歌「さよならの夏~コクリコ坂から~」の他に、挿入歌の「上を向いて歩こう」、「朝ごはんの歌」、「初恋の頃」、「白い花の咲く頃」、「紺色のうねりが」、「赤い河の谷間」、そして武部聡志さんのジャジーでポップな音楽が随所に流れます。作品全体が明るくなり、希望に満ちた雰囲気になっていて良いのですが、深刻なシーンにまで軽妙な曲が流れるのには賛否両論あるでしょう。それは宮崎吾朗監督のアイデアで、鈴木敏夫プロデューサーが言うには、観る人が客観的にそのシーンを見ることが出来るので、言いたいことがストレートに伝わるようになったとのことですが、個人的には少しちぐはぐに感じる場面もありました。
俊が海のことを“メル”というあだ名で呼ぶようになるところも気になりました。2人の距離がぐっと近づいたことを表す場面だと思うのですが、そのあだ名の由来の説明が特にないので違和感を覚えてしまいました。ちなみに海をフランス語に訳すとラ・メールになり、メールがつまって“メル”ということらしいです。公式サイトにある宮崎駿さんの企画のための覚書によると、海があげた「U・W」旗に対して「UWMER」という返礼の旗があり、「MER」すなわち“メル”で海のことを知っていて返礼している人がいると海が驚くという場面が想定されていたようです。もちろんその相手は俊なわけですが、映画本編では返礼の旗の存在を、コクリコ荘の下宿人で画学生の広小路幸子(声:柊瑠美さん)の絵画と話によって海が後から知るという構成になっています。
説明が特にないといえば、タイトルにある“コクリコ”です。コクリコはフランス語で“ひなげし”を意味するそうです。コクリコ荘に至る坂道やコクリコ荘の庭にはたくさんのひなげしの花が咲いています。海が父の写真の前にひなげしの花を手向ける場面もあります。ひなげしの花言葉は、「慰め・乙女らしさ・感謝・別れの悲しみ」などがあり、そういった思いが込められているのかもしれません。
女性の強さ、たくましさも印象的でした。コクリコ荘は、海の弟・陸(声:小林翼さん)を除いて全員女性です。下宿人である北斗美樹(声:石田ゆり子さん)は研修医、広小路は画学生、牧村(声:増岡裕子さん)はOL、海の母・良子(風吹ジュンさん)は大学教授と、きちんと家事をこなす海も含め、自立する女性たちが生き生きと描かれています。男子部員ばかりの新聞部、考古学研究会、天文部、哲学研究会、化学研究会、無線部、現代詩研究会、弁論部、数学部などの活動の場であるカルチェラタンは、海を中心とする女生徒たちが立ち上がったことにより救われました。女性の力の偉大さを感じました。
全体的には淡々とした物語ですが、1つ1つの情景が丁寧にかつテンポ良く描かれていますので、退屈することなく心地よく鑑賞することができました。「過去の中から未来が生まれる」というメッセージも印象的でした。

来月8月9日午後7時30分からNHK総合にて、『コクリコ坂から』の制作現場に密着したドキュメンタリー「ふたり『コクリコ坂・父と子の300日戦争~宮崎駿×宮崎吾朗~』」が放送されます。作品からは決して見えない父子の衝突や葛藤を10カ月にもわたる取材からたどり直した内容になっているそうです。非常に楽しみです。

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