私は貝になりたい (中居正広さん)

nakaimasahiro

SMAPの中居正広さんは、現在公開中の映画『私は貝になりたい』に清水豊松 役で出演しています。
昨日、劇場に観に行きました。
●あらすじと感想
昭和19年。日本中が戦争一色に染まり始めた時代。高知で理髪店を営む清水豊松(中居正広さん)は、妻・房江(仲間由紀恵さん)と一人息子・健一(加藤翼さん)の3人で、決して豊かではないが仲睦まじく暮らしていた。仕事がようやく軌道に乗り始め、家族3人でなんとか暮らしていく目鼻がついた矢先、戦争が激化して、豊松にも赤紙〈召集令状〉が届き、出征することになる。豊松が配属されたのは、本土防衛の部隊。豊松は上官のしごきに耐え、理不尽な命令になんとか従った。
終戦後。豊松は家族のもとに戻り、房江のお腹に2人目の子どもがいることを知るなど、平和な生活が戻ってきたかのようにみえた。しかし、それもつかの間、特殊警察に従軍中の事件の戦犯として逮捕され、東京まで連行される。
占領軍による裁判で、捕虜を殺害した罪に問われた豊松は、日本の軍隊では二等兵は牛や馬と同じで、上官の命令に逆らえば命はないことを主張するが、理解してもらえない。実際には、豊松は銃剣で刺すことができず、腕をかすっただけで、その時点で捕虜はすでに息を引き取っていたのだ。しかし、命令を拒否しなかったことは、殺す意思があった証拠だと捉えられ、絞首刑という極めて重い判決が下される。
拘置所である巣鴨プリズンに身柄を移された豊松は、同様に戦犯として極刑の判決が下された人々と過ごし、毎週処刑が行われる現実を目の当たりにする。そんな中、無実を主張する豊松は、同房の囚人・西沢卓次(笑福亭鶴瓶さん)に協力してもらいながら、アメリカの大統領にあてて減刑の嘆願書を書き始めていた。そんな中、房江が息子・健一と豊松が逮捕後に生まれた娘・直子を連れて、列車と船を乗り継ぎ、はるばる豊松のもとへ面会に訪れた。豊松は家族と涙ながらに会話を交わす。豊松が書いている嘆願書に200人以上の署名があれば鬼に金棒ということを聞いた房江は、高知に戻り、ただひたすらに夫の帰って来る日が訪れるのを信じて、必死の思いで駆けずり回り、200人以上の署名を集める。そして、矢野中尉(石坂浩二さん)が処刑されて以降1年以上巣鴨プリズンでは誰も処刑された者はなく、やがて結ばれる講和条約により、皆が釈放されるとの情報が流れ、巣鴨プリズン内に安堵の空気が漂い始める。豊松も房江に集めてもらった署名のこともあり、すっかり安心しきっていたのだが…。
私が特に印象に残ったのは、豊松と家族の面会の場面と、房江が嘆願書の署名集めに奔走する場面、それからやはり、豊松が妻と子どもにあてて書いた遺書でした。
「どうしても生まれかわらなければならないのなら、私は貝になりたい」
平凡な生活を送っていた一般人が、ある日突然一方的に戦争に引きずり込まれ、悲惨な最期を遂げるという話に、怒りとやるせなさが入り混じった複雑な心境になりました。
豊松が悲しみや苦しみ、家族を心配する思いから解放されたくて、感情のない“貝”になりたいという境地に達するところは、戦争そのものの悲惨さを物語っていると言えるでしょう。
房江が嘆願書の署名集めに奔走する姿は、夫への献身的な愛が感じられ、私自身すでに物語の結末を知っていたということもあって、切なくて仕方ありませんでした。
美しい風景が、このように胸をしめつける切ない物語をよりいっそう引き立てていました。特に海は、豊松や房江の心情を表現するかのように何度も登場し、さすが4、5カ月かけて日本中の海を見て、映画に合う日本一の海を決めたということだけあって、断崖絶景の素晴らしさはとても印象的でした。ちなみに場所は島根県の隠岐諸島・西ノ島の「摩天崖」だそうです。
この映画は、単純に観て楽しむというよりは、観ることによってあらためて何かを考えることに意義があると思いました。

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