エリジウム (マット・デイモン)

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映画『エリジウム』は、 『第9地区』で知られるニール・ブロムカンプ監督・脚本によるSF作品です。
マット・デイモンは、主人公のマックス・ダ・コスタ役で出演しています。
先日、劇場に観に行きました。
●導入部のあらすじと感想
2154年、深刻な大気汚染や人口増加によって地球上の生活環境は悪化している。ひと握りの富裕層は、宇宙空間に浮かぶスペースコロニー“エリジウム”へ移住していた。そこは、瀕死の重傷やかつて不治の病とされた病気まで瞬時に完治できる究極の医療ポッドが各家庭に常設されていて、住民は肌に埋め込まれたIDで市民として登録・管理され、ドロイドが市民の世話から身辺の警護まで行い、徹底された安全が保障されていた。
一方、地球に残された人々は、希望なき貧困にあえぎ、荒廃してスラム化した街に暮らしていた。人々はエリジウムの生活に憧れ、シャトルによって密航を企てる者もいるが、デラコート防衛省長官(ジョディ・フォスター)の指揮の下、攻撃を受け、さらには地球にいる工作員ともいえる傭兵のクルーガー(シャールト・コプリー)の砲撃により徹底的に排除された。
そんな中、ロサンゼルスに暮らす工場労働者のマックス・ダ・コスタ(マット・デイモン)は、作業中の事故により照射線を浴びてしまい、余命5日と宣告される。エリジウムにある最先端の医療ポッドでしか治せないと考えたマックスは、密航をあっせんしている闇商人のスパイダー(ヴァグネル・モーラ)と取引をして無謀な依頼を請け負うのだった…。

快適な気候に保たれていて水と緑あふれる楽園のエリジウムに住むひと握りの富裕層。それに対し、犯罪と貧困が蔓延した世界で高圧的なドロイドの管理の下、エリジウム向け物資の工場などで重労働に追われる人々。本作では現代にも通じる格差社会を浮かび上がらせています。でもエリジウムのシーンはそれほど描かれていません。それはスラム化して混沌とした地球での主人公・マックスの過酷な運命に感情移入させるための演出なのでしょう。かつて犯罪に手を染め、その世界では伝説的存在とまでいわれたマックスは、その生い立ちから同情の余地はあるものの、決して英雄にはなり得ない人物でした。そんな彼が当初は自分の延命目的でなりふり構わずに動き出し、ひょんなことから幼馴染の看護士・フレイ(アリシー・ブラガ)とその娘のマティルダ(エマ・トレンブレイ)のために戦い、やがては全人類の公平のために尽くす救世主の意志をまとっていきます。マックスの意識を変えるきっかけとなったマティルダの話が印象的でした。それはカバの背中に乗って好きな果物を食べられるようになったミーアキャットのお話で、カバに何の得があるのかとマックスが尋ねると、友達ができたとマティルダは答えたのです。その後「カバがなぜミーアキャットを助けたのか」が分かったマックスは、あることを実行に移して使命を果たしました。児童養護施設で育ったマックスが子どもの頃にシスターに言われた「誰にでも特別な力がある」という言葉が印象的でした。
アクションシーンもよかったです。特に旧式ともいえる第三世代の“エクソ・スーツ”を体に埋め込むようにして装備したマックスと、エリジウム製の最新式スーツを装備したクルーガーの対決シーンが見ごたえありました。また、エアバースト弾をシャトルに撃ち込み、数秒後にPCでの操作により爆破するという描写や追尾式ミサイルの描写も興味深かったです。
マックスが子どもの頃、シスターは地上からうっすら見えるエリジウムのことを指して「ここ(=地球)から見ると美しいわね。ここもあそこ(=エリジウム)から見ると美しいのよ」と言っていました。なんだか色々と考えさせられるセリフだと思いました。